子宮がん検診 トピックス

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<トピックス>HPVについて医師の解説がみられます

ヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)は、パピローマ、乳頭腫に関係したウイルスとして知られています。主として皮膚や粘膜に感染しさまざまな疾患を引き起こします。乳頭腫は馴染みの薄い医学用語ですが、いぼ(疣)は乳頭腫の一種です。したがって、HPVはいぼウイルスとも呼ばれています。HPVが脚光を浴びるようになったのは、子宮頸癌発生に関連することが明らかになったからです。わが国を含め、全世界で子宮頸癌死を減らそうと子宮がん検診が行なわれています。子宮頸癌発生に関係するHPVについては、子宮頸がん検診の精度を上げる上からも、細胞診と併用してのHPV検査さらに発癌予防の手段としてのHPVワクチンに関する知識は子宮頸癌を考える上で必要なことです。以上のような理由から、ここではHPVに関する基礎的事項を解説します。

1. HPVと子宮頸癌

イメージ子宮頸部の上皮(正確には粘膜)にHPVが感染すると、感染した細胞は特徴のある変化を示します。子宮頸部の細胞診で細胞に生じた変化を容易に知り得ます。HPV感染に特徴的な細胞所見は50~60年前から分かっていましたが、なにが原因でそのような所見が生じるかは分かっていませんでした。1970年代に入り、この所見がHPV感染によることが分かり、さらに子宮頸癌との関連性が明らかになってきました。細胞診を主体として、疫学的な検討がなされていましたが、1983年に、ドイツのハロルド ズールハウゼンが子宮頸癌組織中に、HPVの遺伝子の存在を確認し、子宮頸癌の原因がHPVであることを明らかにしました。この業績が認められて2008年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。分子生物学的にHPVと子宮頸癌発生の関係が、その後の研究でより明らかになり、現在、子宮頸癌はほぼすべての例でHPV感染が関与していると言われています。また、ヒトに感染するHPVは100種類ほど知られていますが、その中で子宮頸癌を引き起こすウイルスの種類(HPVの型)も分かっています。ただし、HPV感染のみで子宮頸癌は発癌しないようで、これからも解明しなければならない問題があります。HPVと子宮頸癌が密接に関係することから、子宮頸がんの検査として細胞診ばかりでなく、細胞診とHPV検査の組み合わせでより精度の高い検査を目指す取り組みも検討されています。特に、子宮がん検診では、細胞診が陰性でもHPV検査陽性の場合も多く見られるので、検診受診者をきめ細かく管理する上からも、将来普及していくと思われます。

2. HPVの種類(型:タイプ)と子宮頸癌

現在知られているHPVは100種類(型)以上あります。HPV型により、外に盛り上がる状態を示す通常皮膚に出来るいぼ(疣)と表面は平らで下方に向かって発育していく平面型とがあり、子宮頸癌と関係するのは後者です。子宮頸癌に関与する型はそれほど多くなく、学者によって数が異なりますが、15種類ほどです。特に、16と18型が有名で、欧米では子宮頸癌の約75%、わが国では約60%がこの型の感染が原因と証明されています。子宮頸癌と関連するHPVタイプは地域によって異なり、欧米では45型が、わが国では52や58型を多く認めています。

3. HPV感染の特殊性

HPVは、大部分性行為で感染します。性行為感染症の一種ですが、一般に言う特定の感染者からうつる性感染症と異なり、性生活のある場合は普通にみられる感染症です。子宮頸部にHPVが感染しても、皮膚に出来るいぼ(疣)と異なり、自覚症状はありません。また、感染しても自然に、また短期間でウイルスが消えてしまいます。感染している時に検査をして初めて感染の事実が分かります。30歳未満では、一般的に30%前後が感染しているデータが多いのですが、最近はこれ以上とする報告もあります。30歳代以降でも約10%に感染を認めます。女性の一生で感染した事実だけでみると、85~90%は生涯で1度は感染すると思われます。子宮頸癌と深く関わるHPV型を高危険群と言いますが、この高危険群と低危険群(高危険群以外)の感染状況を30歳未満女性で検討した報告をみると、ほぼ同じ割合で感染しています。30歳代以降では、高危険群の感染率は10%台に下降します。
子宮頸癌との関係からみると、高危険群が感染しても大部分の例において自然にウイルスは消えて(排出)しまいます。長期持続的な感染が問題になりますが、高危険群HPVが3年以上感染を継続すると発癌の可能性が高まります。なぜ長期に感染が持続する例と短期間で消失する例があるのか、その原因は分かっていません。また、発癌することなく長期に感染が持続している例も存在しています。
HPV感染を簡単に言えば、「HPV感染は極めて普通にみられ、大部分は自然に治って(治癒)しまう感染症で、たまたま(偶発的に)高危険群が長期に感染する場合に子宮頸癌を引き起こす(発症する)ウイルス感染です」となります。

4. 感染予防

子宮頸癌の原因がHPV感染と明らかになった時点で、ウイルスであれば“インフルエンザ”や“はしか”と同様にワクチンで予防しようとして研究が開始されました。最近になって、ようやく実用的なワクチンが2種類開発されました。メルク社が開発した商品名ガーダシル(Gardasil*)とグラクソスミスクライン社(G-SK社)が開発した商品名サーバリックス(Cervarix*)です。この2種類のワクチンは、世界100ヶ国以上で認可され使用されています。わが国では、平成21年10月サーバリックスが医薬品としての承認が得られました。1年遅れで平成22年秋にガーダシルも医薬品として認可されました。HPVワクチンは、感染力を無くした抗原を投与し、抗体を作らせるものです。具体的には、ウイルスを被ているカプシド(ウイルス本体を除いたウイルス)のみを特殊な方法で作成し、それを抗原とし、体内に中和抗体を作らせます。メルク社は、16と18型、さらに6と11型の4種類、G-SK社は16と18型の2種類に対するワクチンです。ワクチンの効果について、両者とも感染防止効果は16と18型の感染に対してほぼ100%と報告しています。このワクチンはウイルスの単独型にのみ効果があり、型が異なれば効果は無いとされてきましたが、G-SK社は特殊なアジュバント(免疫増強剤)の使用で、31と45型にも効果(クロスプロテクションといいます)を認めると報告しています。ワクチンの効果持続は、投与を始めて日が浅いために、7~10年間は効果が持続することは分かりましたが、どれだけの期間効果が持続するかは分かっていません。計算では、20年以上効果が持続するとの報告があります。また、一度HPVに感染してしまうと、感染した型にワクチンの効果が充分に得られないので感染前、すなわち性経験の無い状態で投与するのが効果的です。子宮頸癌の発生をHPV16と18型ワクチンで、欧米で約75%(45型を含めると80%以上)、わが国で約60%も防止できる可能性は画期的なことですが、これで子宮頸癌に関する問題が全て解決したと言えません。使用法については、これからも検討が必要です。 HPV16や18型以外の感染で生じる子宮頸癌も存在します。欧米で約1/4、わが国では約1/3はワクチン投与の恩恵に与りません。HPV16や18型以外の癌症例を放置できないので、子宮がん検診はこれまでと同様に実施しなければなりません。二重の負担になるので、将来HPVワクチン投与が一般化したときには工夫が必要です。HPVワクチン投与、細胞診、HPV検査等を組み合わせて効率的な検診制度を構築し、HPVワクチン投与で検診費用削減を図れる方法を模索しなければなりません。ワクチンの認可条件として、投与は6ヶ月の間に3回、実施します。HPVワクチン接種について、日本産科婦人科学会、日本小児科学会、日本婦人科腫瘍学会は、推奨接種年齢を11~14歳にするべきとの共同声明を発表した。さらに、この年代では接種費用も公費負担にすべきとしています。最近の研究で、15歳以降のワクチン接種(キャッチアップ接種)でもある程度の効果を認めることから、15~45歳での接種も可能との見解を示しました。推奨する投与年齢は性生活開始前の11~14歳なので、保護者の理解を得て初めて可能になります。学校教育の現状から、この年代の児童に子宮頸癌の成り立ちやワクチン投与の意義を教えるのは必ずしも簡単と言いがたいと思います。ワクチン投与を開始したとしても、ワクチン効果が限定されるので、子宮がん検診はこれまでと同じように行なうわけですから、ワクチンの投与費用はこれまでの子宮がん検診に加算することになります。アメリカでは、1回120ドル、3回実施するので360ドル必要です。日本円なら4万円強になります。実施方法にもよりますが、わが国1回のワクチン接種費用は、3万円程度と予想しています。ワクチンの効果持続期間についてまだ分かっていませんが、将来、ワクチン効果の持続期間が短いと分かれば、追加でワクチンを投与しなければなりません。そうなれば、それだけ費用負担が増加します。

*は(R)マーク

5. 子宮がん検診とHPV検査

現在の子宮がん検診は、細胞診で行われています。精密検査の対象になる細胞診で異常を認めることの意味は、子宮頸部上皮になにかしらの変化が生じている状態を想定していることです。その一方で、HPV検査で陽性、この場合高危険群HPV感染を意味しますが、発癌に繋がるウイルスが感染していることを意味しています。以上を踏まえて子宮がん検診、すなわち細胞診とHPV検査を考えると、細胞診で異常を検出できない症例をHPV検査陽性例として拾い出すことができます。細胞診とHPV検査の併用で、中等度異形成より高度な病変、ベセスダシステムの定義としての高度扁平上皮内病変(High grade intraepithelial lesion)、の拾い出しがほぼ100%可能であるとの報告があります。子宮頸癌が発生する条件として、HPVの3年以上の持続感染があります。言い換えれば、HPV感染陰性例では、3年間は発癌の危険性が無いとも言えます。理論的に細胞診とHPV検査の併用検診を実施すれば、両者が陰性の場合子宮がん検診の間隔を少なくとも3年に設定することができます。偽陰性例の軽減に益があるばかりでなく、検診に必用な経済的負担をも軽減できるようになります。前にも述べましたが、若年、30歳未満では、HPV感染率が30%を超え、さらにHPV感染の約半数が高危険群です。細胞診とHPV検査の併用検診を若年層に実施するのは、若年層のHPV感染の多くが自然消失(治る)するので、推奨されていません。細胞診異常者とHPV検査との関連性では、HPV検査の結果で細胞診異常症例の管理方法を変えることができます。細胞診で異常を認めても、HPV検査が陰性であれば、細胞診が明らかに悪性腫瘍を推定するような場合を除き、無駄な精密検査を実施すること無く、定期検診とできます。HPV検査が陽性例では、細胞診像の推移と共に、HPV感染の持続性を判断しながら管理することになります。細胞診とHPV検査の併用は、子宮頸部に生じる変化をきめ細かく管理できることを意味します。

常任学術顧問
長谷川 壽彦
平成26年3月12日